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富士の巻狩の宿所となった名家 2008年5月号


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源頼朝が『富士の巻狩』の際の宿所とした井出家は、中世以降の歴史を持つ名家です。江戸時代中期の火災により、建物の建築年代は定かではありませんが、現存する高麗門と長家には、近世日本建築の特徴が随所に見られます。

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■ 高麗門

 井出家は、鎌倉時代以降の国人士豪で、戦国期の中、武田氏の駿河進出とその焦土作戦の犠牲にもならず存在し続けました。城郭の門に多くみられる『高麗門』は、井出家が、村の殿様として地域の経済・社会・文化の発展に寄与し、地域の人々から最も信頼されていたことを示すものであると言われています。

■ 長家

 井出家は、豊臣秀吉・徳川家康の天下統一による兵農分離政策により、百姓身分に格付けされました。江戸時代の上層農家に多く見られる『長家』があることから、古くからの建築様式を継承していることがわかります。

■ 狩宿の下馬桜

 頼朝が巻狩りを行った際に、馬をつなぎ止めたと伝えられている樹齢八百年のヤマザクラ。国指定特別天然記念物であるこの桜は、赤い芽と白い花が特徴で、別名『駒止めの桜』とも呼ばれている。枝張りは14mにも達し、日本五大桜の一つとしても知られています。

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徳川幕府最後の将軍となった15代将軍「徳川慶喜」は、この桜の木にちなんで、「あわれその 駒のみならず 見る人の 心をつなぐ 山桜かな」と詠んでいます。

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井出家・狩宿の下馬桜
静岡県富士宮市狩宿98-1