このコーナーでは、月刊無料情報誌「アウターネット」で紹介した、地元(富士市・富士宮市・旧富士川町・芝川町)のお勧めスポットや史跡・名勝・文化財・観光スポットなどを紹介しています。

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埋蔵金伝説もある!?麓(ふもと)の金山 2008年2月号

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 富士宮市『麓』には、戦国時代『麓の隠し金山』と言われた極めて質の高い金山がありました。室町時代から戦後まで採掘が続いた麓の金山。今回は、金山衆本家の現当主「竹川昭司」さんに、麓の金山の歴史はもちろん、この地に伝わる埋蔵金伝説の真相についてもお伺いしました。

■ 背景

 地元では、金山(かなやま)とよばれ、今川・武田・北条氏によって営まれた後、徳川家康の支配下になって最盛期を迎えました。金山千軒と言われ、当時は多くの家が軒を連ねていたそうです。金脈が枯渇し、近世初頭には採掘が衰退しましたが、戦後もしばらくは続けられていました。

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■ 金山奉行と金山衆

 当時は、金山奉行が金山を治め、金山衆(かなやましゅう)と呼ばれる多くの鉱夫が従事していました。築四五〇年という金山奉行所は、子孫にあたる竹川さんが現在も住んでいます。太い太い欅の大黒柱をはじめ、当時の面影を残す立派な建築物が富士宮市内にあることにも驚きました。

■ 埋蔵金の行方

 竹川さんのもとには、埋蔵金伝説に魅せられた人達が、今まで何度となく訪れたそうです。私の「埋蔵金は本当にあるんですか?」という問いかけに、微笑みながら「あるならとっくに見つかっているはずだよ」と答えてくれました。

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私達の突然の取材に快く応じてくれた上に、お茶や茶菓子までごちそうになったことは忘れられない思い出になるはずです。当時の金山奉行所での一時は、まるで夢を見ているようでした。スタッフ一同、この場を借りて深くお礼申し上げます。「竹川さん、本当にありがとうございました。」

陣馬の滝 2008年1月号

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 いたるところで湧水が湧き出しており、富士宮市でも有数の景観を誇る猪之頭地区は、個人的にも大好きでよく行く場所です。見どころも多い猪之頭地区ですが、今回は名水として知られる『陣馬の滝』をご紹介。

■ 特徴

 富士山の湧水が源の五斗目木川(ごとめきがわ)にかかるこの滝は、源頼朝が一一九三年に富士の巻狩りを行った際に陣を張った場所に由来して『陣馬の滝』と名付けられたそうです。名水を求めて県外から訪れる方も多く、周辺では湧水群を利用して、わさび田や養鱒場がつくられています。『規模は小さいが清涼感あふれる美しい滝』です。

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■ 周辺

 滝に隣接する遠照寺境内裏側には、頼朝が陣を張った際に滝壺から見つかったと伝えられる『太鼓石』と呼ばれる太鼓の胴のような石があります。近くにある、頼朝の家臣『畠山重忠の駒止桜』や『曽我八幡宮』『猪之頭公園』などと合わせてまわると良いでしょう。

■ その他の楽しみ方

 東海自然歩道を利用すれば高原ハイキングも楽しめます。陣馬の滝から小田貫湿原や田貫湖への所要時間は約一時間ほどとお手軽ですので、時間に余裕のある方は、是非トライしてみてください。私はまだトライしたことはありませんが…

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陣馬の滝(富士宮市猪之頭)
上流からの水の流れと、溶岩層の隙間から沸き出す水が滝をなしている。白糸の滝と同様に、富士山麓の湧水の仕組みの一端をみることができる。猪之頭には、道祖神や馬頭観音などが多く、ひっそりとたたずむその姿は、訪れた人に心のやすらぎを与えています。

西山本門寺 2007年12月号

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 富士五山のひとつに数えられる名高い寺『西山本門寺』は、貴重な文化財が多数残されています。今回は見どころ満載の西山本門寺をご紹介。

■ 黒門からの参道

 西山本門寺は、朝廷より下馬札を許された由緒ある寺院です。下馬札のある黒門から、石段を登る参道は雄大そのものです。境内でひときわ目をひくのが、巨大な木造建築の本堂と樹齢400年の銀杏の巨木、そして大きな鐘楼だ。私が訪れた際には銀杏の実がそこらじゅうに落ちており、実を拾った者は落葉を集めてくださいという旨の立て札とほうきがあった。

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■ 開山

 康永2年(1343年)に日第が開山したと伝えられる西山本門寺は、富士五山のひとつというだけでなく京都要法寺、伊豆実成寺、保田妙本寺とあわせて『興門八本山』のひとつにも数えられる。

■ 信長の首塚

 寺裏には、日本でも類をみない樹齢450年の柊(ひいらぎ)の大木とともに『信長の首塚』がある。柊は魔よけの意味があり、首塚の近くに植えるらしいのですが、光秀が必死で探しても発見できなかった信長の首は、西山本門寺に安置されていたのです。

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西山本門寺(芝川町 西山671)
富士五山とは、鎌倉時代の終わり頃、日蓮宗開祖である日蓮の高弟日興及びその弟子たちによって開創された日蓮宗系の由緒寺院五ヶ寺のことをさす俗称です。上条大石寺、北山本門寺、西山本門寺、小泉久遠寺、下条妙蓮寺からなる。

山宮浅間神社 2007年11月

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 富士山本宮浅間大社の元宮である山宮浅間神社をご存知でしょうか。古代から聖域とされてきた場所だけに、専門家からの認知度は高く、村山浅間神社に優るとも劣らない『日本有数のパワースポット』として知られています。

■ 概要

 富士山本宮浅間大社の社伝によると、平安時代初期に、山宮の地から現在の大宮の地に社殿を移したと伝えられています。この伝承からも浅間大社と山宮浅間神社とは密接な関連を持っていたことがよくわかります。また、明治初年までは年中行事「山宮神幸」が執り行われていました。

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■ 本殿のない神社

 山宮浅間神社には本殿が無く、そこに結界があるだけです。理由は「本殿を建設すると、途中で大風に見舞われ吹き倒れてしまうから」なのだそうです。実際に、度重なる大風に本殿建設を断念したという伝承が残っています。

■ 祭祀遺跡

 遥拝所の周囲からは、鎌倉〜室町時代を中心としたカワラケと呼ばれる神事のために使われた素焼きの破片が多く見つかっています。山宮浅間神社は、特徴的な形態を示す祭祀遺跡でもあり、浅間信仰の根源を考える上でも極めて重要な遺跡であるといえます。

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山宮浅間神社(富士宮市山宮740)
浅間大社の社記によると、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東国の賊徒を征伐するため駿河国を通られた際、賊徒の野火に遭われました。尊は、富士浅間大神を祈念して窮地を脱し、その賊徒を征伐されました。その後、尊は山宮において篤く浅間大神を祀られたと伝えられています。

大倉川農地防災ダム 2007年10月号

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 富士宮市にダムがあるということをご存知でしょうか。大倉川農地防災ダムは白糸の滝から車で五〜十分の場所にあり、以前本誌でご紹介した朝日滝のすぐ近くにあります。

■ 防災用ダム

 このダムは、一級河川である芝川の流域地域を洪水から守り、農業生産力の増強と住民生活の安定を計る目的で、芝川の支流である大倉川の中流部に作られました。完成までに十四年の歳月、総工費三十二億円という巨額が費やされたそうです。洪水対策用のダムなので、通常は水が溜まっていません。しかし、いざという時には二百五万トンもの水を受け止めてくれる底力をもっているのです。

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■ ロックフィルダム

 大倉川ダムは、ロックフィル(石積み)という特徴を持ち、自由越流式の洪水吐があります。前記の通り通常はダム湖に水は溜まってないため、古びた取水口が良く見えます。

■ 見どころ

 取材に行って驚いたことは、落差三十メートル程の滝があったことです。滝の名前はわかりませんが、小さな感動を受けました。人の気配もなく、観光地ではないので、はっきり言ってこれといった見どころはありません。しかし、大倉川ダムは私達の安全を静かに守ってくれています。この地の住人として、見ておくべき施設だと思います。

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大倉川農地防災ダム
ダム型式:中心コア−ロックフィルダム
ダムの規模:堤高45m、堤長152m、有効貯水量2,050,000トン
工事期間:昭和42年度着工、昭和55年度竣工