このコーナーでは、月刊無料情報誌「アウターネット」で紹介した、地元(富士市・富士宮市・旧富士川町・芝川町)のお勧めスポットや史跡・名勝・文化財・観光スポットなどを紹介しています。

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新通町公園【2008年12月号】

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 日本で初めて東海道新幹線を展示した公園が、富士市中央町にあるラ・ホール富士の北側にあります。

■ 東海道新幹線

 園内に展示されている新幹線は、0系0番台と呼ばれる初期型モデルで、現存数が非常に少なく鉄道マニア必見の代物なのだそうです。新幹線の客室部分の後方には座席が置かれたままの状態で、前方は鉄道模型の展示場となっています。客室から運転席へ入ることもでき、ハンドルなどの操作器具は当時のまま残されています。ちなみに、新幹線内の見学は、土・日・祭日の午前十時〜午後三時までとなります。

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■ 多目的エリア

 公園は、新幹線展示エリアと多目的エリアに分かれており、多目的エリアにはレールで出来たレールチャイムをはじめ、グラウンドやブランコ、滑り台などの遊具もあります。

■ ミニSL

 新幹線展示エリアと多目的エリアの間を8の字を描くようにミニSLの線路が敷かれています。なんと毎月第二日曜日には、沼津ミニSLクラブの方々によるミニSLの走行・乗車会が開催されています。次回は十二月十四日に開催されますので、是非行ってみてください(左記参照)。

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新通町公園(富士市中央町2丁目8番地)
開園時間:常時(新幹線内解放は土・日・祭日の10:00〜15:00)
駐 車 場:約10台
※毎月第2日曜日には、沼津ミニSLクラブによるSL走行・乗車会が行われます。(10:00〜12:00/13:00〜15:00)

竹採公園【2008年11月号】

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 遠く平安の時代から幻想的な物語のヒロインとして親しまれてきたかぐや姫。わが国で最も古い恋愛小説が竹取物語だと言われていますが、富士市はかぐや姫誕生の地として知られています。このことは、白隠禅師の「無量寿禅寺草創記」の中にも記されています。 
 今回は、かぐや姫をモチーフにした『竹採公園』を紹介します。この公園の竹林の中には『竹採姫』と刻まれた古い石碑があり、周辺には、かぐや姫に因んだ地名や伝説も多く残されていることから、竹取物語由来の地として人々に語り次がれてきました。竹採公園で思いを巡らせかぐや姫をイメージすれば、あなただけのかぐや姫に逢えるかも知れません。

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■ 竹採塚

 竹採塚は、6、7個の富士溶岩を無造作に積み上げた台石の上に『竹採姫』と刻まれた縦横40cmほどの卵形の自然石が置いてある高さ1メートルほどの石塚です。いつ建てられたのかは定かでありませんが、妊婦がこの石をなでると美人の子供が生まれると言われています。

■ 白隠禅師の墓

 園内には、白隠禅師の墓も置かれています。白隠禅師は『駿河には過ぎたるものが二つあり富士のお山に原の白隠』と歌われる人物で、臨済禅中興の祖と仰がれ五百年間に一人と言われれる名僧です。

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竹採公園(富士市比奈2085-4)
開園時間:4月〜10月8:30〜18:00
     11月〜3月8:30〜17:00
休 園 日:毎週木曜日、年末年始

元吉原 SL博物館 2008年10月号【2008年10月号】

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 今回ご紹介するのは、富士市立元吉原小学校内にある『SL博物館』です。富士市内に本物のSLがあることにも驚きですが、同博物館内にある希少の都電にも目を奪われます。昭和の時代にタイムトリップできるオススメスポットです。

■ C5730

 昭和十三年〜昭和二十二年の間に二〇一台製造されたシゴナナと呼ばれる『C57形蒸気機関車』は、近代蒸気機関車の一つで『貴婦人』の愛称で親しまれました。元吉原小学校の『C5730』は、一次型で昭和十三年に神戸市の川崎車輌で製造されました。型番のCは、動輪の数が3対ということ、57が型式番号、30が製造番号を表します。

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■ 都電7024

 黄色のベースカラーに赤のラインというデザインが特徴的な初代都電7000型は、昭和二十八年〜昭和三十一年にかけて九十三輌製造されました。館内にある7024型は、昭和四十三年三月十三日まで上野〜池袋間を走っていました。

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■ 功労者

 昭和四十五年、SLが学校に貸与され、昭和五十二年には、当時PTA会長であった高木一三氏(高木産業(株)
創業者)の努力により第一次駅舎が完成しました。平成十八年、建物の老朽化に伴い『SL博物館』として再建されましたが、この再建費用も高木一三氏の寄付によるものです。

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※SL博物館の観覧には、予約が必要です。

SL博物館(富士市立元吉原小学校)
〒417-0846 静岡県 富士市 今井3丁目4-2
電話:0545-33-0004 FAX:0545-33-0328
e-mail:pc-motoyoshiwara@div.city.fuji.shizuoka.jp
※SL博物館は、小学校敷地内にあります。観覧を
 希望される方は、必ず事前にご連絡ください。

久保田農園と櫓an 【2008年9月号】

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【櫓an http://hinomi.rocket3.net/

 今回ご紹介するのは、富士川町南松野にある久保田農園。火の見櫓をシンボルに、日本情緒溢れるスポットです。

■ 櫓an

 シンボルである火の見櫓は、旧富士川第二分団で使われていたものです。地震対策のための撤去後、大切に保管されていましたが、日本の古き良き文化を追求する若者達から構成される『櫓an』が中心となり、久保田農園内に再建したのです。この火の見櫓は現在、国の登録有形文化財にもなっています。久保田農園を拠点とする『櫓an』の活動は、平成十九年度『コミュニティー活動賞 優秀賞』にも選ばれました。

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■ 天然水

 久保田農園内には、二種類の天然水が湧き出ています。観音水と呼ばれる湧水は、飲料水ではありませんがミネラルが豊富で、お風呂には最適。一方、飲料水として利用できる南アルプスからの天然水は、知る人ぞ知る名水です。

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■ 地域おこし

 火の見櫓の再建にはじまり、たくさんの鯉のぼりを飾るこどもの日のイベントや、夏休みのふれあいイベント、二万個にも及ぶイルミネーションに包まれたクリスマスイベントなど、これまで多くの話題を集めてきた『櫓an』のさらなる活躍に期待しています。

地元に残る戦跡 2008年8月号

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 上の写真を見ていただきたい。これは、富士宮市内に残るトーチカ(機関銃や砲などを備えた、コンクリート製の堅固な小型防御陣地)跡です。戦後六十年以上が経過しましたが、今なお残る『戦跡』が地元にも多くあります。これらの戦跡は、戦争が紛れもない事実であったことを証明すると共に、私達が未来に向かってすべきことは何なのかを考えさせてくれます。

 戦後生まれの私には、戦争の是非を論じることはできません。しかし、現在の私達の生活は、多くの犠牲者やその関係者の悲しみの上で成り立っていることを再認識し、後世に伝えていかなければならないと考えます。

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■ 上井出周辺

 富士宮市上井出にある若獅子神社は『陸軍少年戦車兵学校』跡地としても知られています。境内には、当時のまま残る門柱や、サイパンからの帰還戦車があります。周辺には、戦車の防空壕跡や操車場跡などもみられます。

■ 猪之頭周辺

 トーチカ跡は、猪之頭地区にあります。この地区には、兵舎跡・馬の水飲み場跡・消火栓跡など、多くの戦跡が残っています。

※若獅子神社以外の戦跡の 詳しい所在地等は、現場 保護の考えから、公表を 控えさせていただきます。

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若獅子神社(陸軍少年戦車兵学校跡)富士宮市上井出2317-1

昭和40年12月、陸軍少年戦車兵学校跡に戦没同窓生の慰霊・顕彰のため、若獅子の塔を建立。建塔20年を期に(昭和59年10月)富士山本宮浅間大社・靖国神社の御教導により、永久平和への祈りをこめ神社造営を発起顕彰会々員729名の奉賛によって若獅子神社が創建されました。
若獅子神社公式ホームページ http://www.wakajishi.jp/