このコーナーでは、月刊無料情報誌「アウターネット」で紹介した、地元(富士市・富士宮市・旧富士川町・芝川町)のお勧めスポットや史跡・名勝・文化財・観光スポットなどを紹介しています。

記事一覧

吉原山 妙祥寺(よしわらざん  みょうじょうじ)【2009年7月号】

アップロードファイル 35-1.gif

■ 歴史

 江戸から数えて十四番目となる東海道の宿駅『吉原』は、津波と台風により見附宿時代を含め三度も所替えをし、宿場機能と共に人心の拠りどころである寺社も移転しました。その中の一つである『妙祥寺』は、日蓮聖人の直弟子六老僧の一人、日昭上人を開山に仰ぎ、日雲上人を開基として鎌倉時代末期(1323年)に元吉原今井の地に創建されました。その後(1639年)中吉原に移転、現在の地に移転(1682年)と、津波による被災の度に内陸へ所替えをしたのです。

アップロードファイル 35-2.gif

■ 境内

 元禄時代以後、寺勢は隆盛し多くの諸堂をと塔中二坊が建立されましたが、安政元年の大地震で諸堂が倒壊。歴代住職と檀信徒の努力により近隣に誇る大本堂(富士五山の一つ上野妙蓮寺より移築)をはじめ、位碑堂・鐘楼堂・大客殿庫裏・歴代廟・永代供養墓が建立され、山容美観新たに現在に至っています。また、高さ20尺を誇る日蓮聖人大銅像、今後の先祖供養継承の変化を思慮した合葬供養墓などがあり、本堂内陣の格天井には、80枚の山野草図が描かれています。

アップロードファイル 35-3.gif

吉原山 妙祥寺
富士市中央町1丁目9番58号  ☎ 0545(52)1295
【略縁】
宗 派 日蓮宗 身延山久遠寺直末
創 建 元亨3年(1323年)
開 山 六老僧大成弁阿闍梨日昭上人
開 基 香久阿闍梨本実坊日雲上人
本 尊 一塔両尊四士  祖師読経像
鎮守堂 稲荷堂

アップロードファイル 35-4.gif

鈴川の富士塚【2009年6月号】

アップロードファイル 34-1.gif
■ 概要

 富士山を信仰の対象としている富士浅間信仰という信仰があります。この信仰では富士山に登山することが修業ですが、江戸時代にはなかなか実際の登山はできませんでした。そこで、富士山のミニチュアを作り登ることで、富士登山を疑似的に体験できる施設が関東地方を中心に作られました。それが『富士塚』です。目の前に本物の富士山がそびえている富士市には富士塚は必要なさそうなのですが、吉原港付近にも『鈴川の富士塚』なる富士塚が存在します。

アップロードファイル 34-2.gif

■ 丸石の富士塚

 富士塚は通常、富士山から運ばれた溶岩が積み上げられ、本物の富士山同様の登山ルートと要所要所の信仰対象が再現されていますが、『鈴川の富士塚』は、溶岩ではなく丸い石を積み上げて作られています。これは、吉原港に到着した富士行者の人々が海で水垢離をし、登山の安全を願い海岸の石を積み上げて出来たものです。現在はコンクリートで補強され、すっきりした姿ですが、関東の富士塚とは違う発想で造られた独特の富士塚は、一見の価値あり! 

アップロードファイル 34-3.gif
アップロードファイル 34-4.gif

富士と港の見える公園【2009年5月号】

アップロードファイル 33-1.gif
■ 概要

 富士市の田子の浦港の東側にある『富士と港の見える公園』は、その名前の通り富士山と港の両方が見える公園です。田子の浦港には、石油基地があったり工場が多いのでときおりタンカーや大型船舶も港に入ってきます。公園内には、ツリーハウスのような展望台、遠くからも目を引く白く巨大な仏舎利塔、阿字神社などがあります。また、石水門碑や見附跡などこの地にまつわる史跡や、すべり台などの木製遊具もあります。このように、様々な要素を合わせ持つ『なんとも不思議な公園』と言えます。

アップロードファイル 33-2.gif
■ 展望台

 展望台からは、港と富士山がよく見えます。立地が工場地帯の中にありますので、手前側は工場のやや無機質な風景というのが、この公園の特徴でしょうか。

アップロードファイル 33-3.gif
■ 吉原宿

 東海道が整備される戦国時代まではこの辺りが吉原宿とされていました。当時は船渡しが行われており、そのための番小屋(見付け)が設けられていました。江戸時代になると、街道は左富士を通り今の吉原商店街を通るコースに変更されました。

アップロードファイル 33-4.gif

横井照子富士美術館【2009年4月号】

アップロードファイル 32-1.gif

■ 概要

 日本に生まれ、米国で学び、スイスに暮らす画家・横井照子さんの作品を展示する個人美術館が富士市中野にあります。横井さんは、日本の四季の移り変わりや、草や花の可憐で細やかな表情を深く愛し、自然の優美、厳しさ、雄大さに想を得た数多くの作品を制作・発表されてきました。 横井さんが愛する富士の麓に開いた美術館は、設計やデザインにも横井さんのアイディアがふんだんに盛り込まれています。日本と西洋、具象と抽象のあわいを自由に往還する横井さんの美しい世界、その独自の美の世界に触れてみて下さい。

アップロードファイル 32-2.gif
■ 個人美術館

 横井さんと館長の川口智恵子さんの母親は長年親しく交際してきました。「地元へのささやかな文化貢献のつもりで建設した」という『横井照子富士美術館』は個人美術館で、構想から約五年の歳月を経て平成二十年の十一月にオープン。館内に併設されたティールームからは、横井さんが愛する富士山が眺められます。

アップロードファイル 32-3.gif
■ 横井照子

 横井照子さんは、一九二四年生まれで愛知県津島市出身。日展入選後、米国で活躍し、パリに移り現在はスイスのベルンに住んでいます。

■横井照子富士美術館 http://yokoi-fujimuseum.co.jp/
所 在 地:富士市中野464(三ツ倉)
TEL/FAX:0545-36-0470
開 館 日:毎週 金・土・日(10:00〜16:00)
入 館 料:500円(小人・学生無料)
アップロードファイル 32-4.gif
 

善得寺公園【2009年3月号】

アップロードファイル 31-1.gif
■ 概要

 善得寺は、貞治二年(一三六三)、大勲策禅師が開山した寺で、戦国期には駿河国東部でも第一の寺となり、善得寺城も併設したといわれます。また、天文年間の今川義元・武田信玄・北条氏康の駿河国東部を中心とした抗争のなか、今川義元の軍師といわれるとともに善得寺の住持であった太原雪斎の斡旋で成立した「駿甲相三国同盟」の舞台になったところだと伝えられています。しかし、永禄十二年(一五六九)、武田信玄の駿河侵攻にともない寺院はことごとく焼かれてしまいました。

アップロードファイル 31-2.gif

■ 善得寺

 ここには、明治初年まで再建された善得寺の小堂宇が残っていたところで、富士市指定文化財の大勲策禅師、太原雪斎をはじめとする善得寺歴代の住持の墓が残っています。

アップロードファイル 31-3.gif

■ 善得寺城

 善得寺城は、富士川以東の今川氏の有力な支城で、今川範政によって善得寺に併設して築城されました。後に北条氏の攻略を受けて北条氏の持城となりましたが、元亀年間に武田氏に攻められ落城しました。

アップロードファイル 31-4.gif

ページ移動